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ぱられるぱられるルルルルルー

プリンセスたちを応援しています

あなたなしで生きてゆきたい

愛するベリちゃんの名曲のタイトルにひどい改変を加える女。
 
 
さて、昨日から話題の
 
こちらの件について。
 
本当に正直で正直すぎて好感を持ちました。
私だったら自己防衛のためにここまで正直には書かないし、書けやしないもの。
 
 
 
別ジャンルでジャニでいうオリキ的なことをし→本人にも客にも気にされずに何かに夢中になりたいんや!私は自由や!レリゴー!→ジャ、ジャニーズのひとがファンサしてくれた…(うっとり)もっとくれよ……俺はジャンキーだよ…→いや、やっぱ見てるだけでいいわたぃぴちゃんは分かってるわ…宝塚最高だわ……という変遷をたどってきた私にとっては、分かる(;∀;)分かるよ(;∀;)が過ぎたので、数々の進路の中でジャニオタの道を選んだのかについて書いておこうと思う。
 
 
 
私がKAT-TUNを知ってからファンになるまでの間には、実に4年ばかり月日が空いている。
その間には当時の定番の世間話「赤西と亀梨だったらどっち派?」という話でしかKAT-TUNに触れることはなく、テレビを点ければ出ていたKAT-TUNのことはぼんやり見ていてそれなりに知っていったし、音楽番組なんかで見るパフォーマンスでカッケー!とは思っていた。
 
が、しかし。
ジャニオタとか(笑)ないでしょ(笑)というのが、当時のバリバリ過激派バンギャの私のスタンスだったために積極的に彼らを知ろうとはせずただ月日だけが流れていったのでした。
当時の私は、KAT-TUNは結構好きだけどジャニオタにはなりたくなぁい(笑)てか無理(笑)みたいなことをよく言っていた気がします。
 
あの時代のホスト系イケメンが大好きなので、合コンで好きなタイプは?と聞かれると「KAT-TUNになりたいみたいなひとが好き(ゎら」と言えることが楽ちんだからKAT-TUN好き♡と思っていました。非ジャニオタの過激派バンギャ私にとっては、ジャニーズは「○○系イケメン」という総称で人を括るために存在していた模様。
 
縁あってコンサートDVDを貸してもらったりしつつ、時は流れて、自分がジャニーズでいうオリキ的なことをしていたバンドが続々解散し、好きだったメンバーが引退し。
私たちに残ったのは、何かを好きでいるというパワーの膨大なだけで、好きな人はもう誰もいなかった。
新しいバンドを見つけてそっちに旅立ったり、オタ卒をしてリア充として羽ばたいていく仲間を横に、私はなかなか進路が決まらなかった。
 
好きなひとは他にもいたけれど、その好きな人やものには、存在を認知されてしまっていた。
若い頃、いや子供だった頃には、本人に存在を認知されることに精を出したし、それを周りに疎まれることすら誇りだった。
でも、そんな生活を10年も続けていた私は、周りから認知されることに疲れてしまった。
本人に認知されることは、正直言って楽しい。
楽しいことが沢山あるし、一挙一動をお互いに認め合えるし、励ましたり励まされたり、精神的な繋がりを感じることもある。
それを他のファンに認知されることも、正直言って楽しかった。
自分がヒエラルキーのトップにいると確信できるから。
みんなが私を妬めば妬むほど、た●きの掲示板で叩けば叩くほど(笑)、私の持つ利権目当てで媚を売ってくる他のファンは増えたし、メンバーも心配してくれたりフォローを入れてくれたりした。
調子こいてたから個人サイトをやったり、会場で他のファンの子からファンレターをもらってお返事をあげたりしていた。お前は何様だ。
 
ステージをいつも最前列から見る。
少しでもライブが楽しく見えるように全力で楽しむ。
ソロパートを弾き終わった後かならず私を見てくれる。
ステージからハケるとき、毎回頭を撫でてくれる。
そんな私にみんな嫉妬してる。
だって私がここのナンバーワンだから。
 
10年間そんな砂上の楼閣の女王さまの自分に酔っていたけれど、また誰かのそういう存在になるために頑張ろうとは思えなかったし、もう頑張りたいほど好きになれる人も見つからなかったし、何よりももう誰かに一挙一動を見て判断されて話題にされたくなかった。
新しい誰かに夢中になって、その人と前の人を比べたり、ステージでの何かを期待してライブに行ったりインストに行ったりしたくなくなった。
キャンディーズの「普通の女の子に戻ります」じゃないけれど、有象無象のいちファンになりたかった。
その日その会場のその場に居ても居なくても誰も知らないけれど、確かにそこでその場の一部であったと自分だけが自己満足のために思える存在に。
そうすれば、私が私のうっとり浸る快楽だけのためにエンターテイメントを味わえるんじゃないかと思ったから。
 
思春期のアイデンティティー形成に一番有効なのは他者との比較といわれる。
おそらく私はこの時点で他者との比較を要しなくなったのだと思う。
他の子よりどうとかこうとか、誰にどう思われているとか、急にどうでもよくなってしまった。
アイデンティティー形成のために10年間あのポジションにいたのだと仮定してみると、他人と比べて自分はどうかということが明示され、かつ他人から見た自分はどうあるかが分かるという意味で、私がしてきたこと・歩んできた道は筋が通っているようにも思えるので、こう思うことで過去の自分を肯定しているのだと思う。
 
 
さて、こうしてアイデンティティー形成のための「好きなバンド」を必要としなくなった私が次に必要だと感じたのは「何者にも阻まれずに自分勝手に好きでいられる鑑賞物」だった。
他にもたくさんの選択肢があった中で私が選んだのがKAT-TUNだった。
ジャニオタとか(笑)ないでしょ(笑)と敬遠していたジャニオタの道を選んだのか。
理由は主に次の5つ。
①土日興行が中心で会社勤めをしながら楽しめそう
②媒体への露出が多いので在宅で楽しめそう
③メンバーや活動内容の流動性が低い
④会場規模が大きいのでお一人様がしやすそう
⑤これから新規で入ったら、認知とは無関係そう
 
ちょうどバンギャとしての人生を全うした年に就職したので、①・②は重要なポイントだった。
ヴィジュアル系しょぼバンドの皆さんは学生がメインターゲットだからか、容赦なく平日17時オープンの興行を入れてくる。
2週間家に帰れないツアーもザラ。
いま思うと全通してた自分バカなんじゃないかと思う笑
社会人としてぬるぬると趣味にしたい自分にとっては土日のような余暇で行ける興行はありがたかった。
③に関してはこの後すぐにまさか赤西くんが脱退したり聖も脱退する未来を辿るなんて当然思っても見なかったので、ジャニーズはいいよな……解散も脱退も加入もないもんな…と思って、そこに魅力を感じていた。
結果的にいまセクゾンちゃんに興味を失っていることも、キスマイさんにこの部分での絶対的に近い信頼を寄せているから好きで居られることも、ここに起因する話かもしれない。
④に関しては、長きにわたって「ジャニオタ(笑)」と思っていた私としては、ジャニオタの皆さんと仲良く出来る気がしなかったので、ドームやらアリーナやら、「あの人ひとりなんだけどwww」なんて指を刺されないくらいに大きな会場のコンサートならお一人様で行きづらいことがないなと思って、ぼっちにはありがたかった。
⑤はジャニーズの皆さんはテレビの向こうの存在であって認知とかないし、おざなりにあの辺一帯に手を振ることしかしてくれない存在だと思っていたので、認知も他人から見た私もそこにはいないことが何より嬉しかった。
ジャニーズに行けば私はエンターテイメントを楽しむ観察者で居られると思った。
 
そんなこんなで過激派バンギャルの私はド新規ジャニオタへとメタモルフォーゼしたのだが、そこには私が想定していたものとは違う世界だった。
それは認知ではない。
それは概ね顔や名前の認知ではない。
だがしかし、個人指名のファンサというものは、傍目から見てわかるほどにはっきりとその世界にあった、のである。

ファンサって…本当にもらえるんだね…ということを私に教えてしまった聡ちゃむとかいう世界一かわいい男子中学生に価値観をうっかり覆され、そこから再び観察者としてのファンに舞い戻って安息を得るまではまた別のお話。
いつか気が向いたら書きますが、前述のバンギャル時代のことよりも碌な話ではないので書くかどうかやや躊躇い・・・。